渋谷の陸上教室 第四回
Shibuya Athletics Class
短距離 塚原直貴さん
「常に真剣勝負」大舞台で戦い続けたチャレンジ精神
2025年9月、東京で、1991年以来34年ぶりに世界陸上が開催されます(日本での開催は2007年大阪大会以来18年ぶり)。陸上競技に熱い視線が注がれる今年、渋谷区の小中学校で全4回にわたり、日本代表として世界で活躍したアスリートを招いて「渋谷の陸上教室」を開催しました。
第四回は、スプリンターの塚原直貴さんです。

「渋谷の陸上教室」ラストとなる今回は、北京オリンピック男子4×100mリレー銀メダリストの塚原直貴さんが渋谷区立原宿外苑中学校を訪れました。
男子陸上トラック種目史上初のメダル獲得
1時間目は全校生徒が集う体育館での講義です。なんと塚原さんは体育館の入り口からダッシュで登場。その猛スピードに生徒たちは度肝を抜かれたようすです。

そんなあっけにとられた表情や雰囲気を見極め、生徒たちとコミュニケーションをとりながら講義を進める塚原さん。そこでは北京オリンピックで銀メダルを獲得した複雑な心境も語ってくれました。
「人生を賭けて臨んだ」大会で、当初は3位という結果を残した日本チーム。それだけでも日本男子陸上トラック種目として史上初のメダル獲得であり、快挙でした。しかし、1位のチームがドーピング違反によりスポーツ裁判所での判決がなされ、なんと9年後に銀メダルに繰り上がることとなったのです。この異例の事態に塚原さん自身は複雑な心境だったそう。「大会から長い時間が経っていましたし、それにもし最初から正々堂々と戦っていれば、(予選)9位のチームと一緒に走ることができたかもしれなかったな……などと考えました」と他チームに寄りそう姿勢も。なによりも正々堂々と戦い抜くこと、やり抜くことの意義を話してくれました。
常にチャレンジする精神で

塚原さんの話題は多岐にわたります。負けず嫌いで探求心にもあふれていた中学生時代。
あるときクラストップの友人に「理科だけは勝つ!」と挑戦状をたたきつけ、猛勉強をしたそうです。結果は数点差で負けてしまったとのこと。ただし「いつもトップの友だちは99点でした。満点には1点足りなかった。そこにはプレッシャーがあったかもしれない。追われて焦ればミスが出るんですね」と独自の視点で分析。だからこそ「常に真剣勝負。たとえ負けても挑み続けるチャレンジャーでいたい」という塚原さん。それこそが大舞台に強いといわれる秘訣なのでしょう。
フォームが変わり、みるみる速く!?

2時間目は校庭にて《走る》実践です。この日の東京は30度を超える暑さ。その状況でも「走ることが苦手な生徒にも楽しさを知ってほしい」と集中して、ていねいに指導する塚原さん。片足けんけんや、両手を挙げた状態でのジャンプ、スタート姿勢など、一歩ずつ段階を追ってトレーニングメニューを取り入れていきます。すると生徒たちはみるみる走り方が変化し、先生たちも「あっという間にスピードが速くなったね」とびっくりしていました。

先生を交えたリレー対抗戦では、急造チームでバトンパスに手こずる場面も。「大会になればバトンパスもあうんの呼吸でできるまで、わずかなミスがなくなるまでチームメンバーと練習をします」と、時間を重ねて日々取り組むことの重要性を伝えていました。

塚原直貴さんに聞く!東京2025世界陸上のみどころ

18年ぶりに、世界陸上が日本にやってきます。世界各国のアスリートが集まりひとつのことに熱中するようす、そしてそれを観る人々の熱気と《圧》、大舞台の雰囲気を間近で感じてほしいです。
リレー種目にフォーカスすると、緊迫するバトンパスのシーン、選手たちがどういう心理状態か、追われる立場なのか、チャレンジャーなのか……など、順位やタイムだけではわからないトップアスリートの気持ちを想像すると、世界陸上はいっそうおもしろくなります。
今回の東京2025世界陸上では、短距離だけではなくどの種目にも、世界と互角に戦える若い日本選手が出てきています。ぜひ、彼らに注目してください!

国立競技場で世界陸上を応援しよう!
7月31日(木)までお申し込み受付中!!
詳細は特設サイトにて
塚原直貴さん プロフィール

塚原直貴(つかはら なおき)1985年5月10日生。
長野県岡谷市出身。東海大学附属諏訪高等学校(旧名:東海大学第三高等学校)、東海大学を経て富士通株式会社 陸上競技部に所属する。
2021年2月に富士通株式会社を退職し、次世代のスプリンター育成を主軸としながら、スポーツの価値や可能性を高めるために多様な分野への挑戦をスタートさせる。
競技者としては、2008年北京オリンピックに出場。男子4×100mリレーの第一走者として銀メダルを獲得。日本男子トラック史上初となるメダル獲得に大きく貢献した。
現役引退後は、スポーツチームのスプリントコーチや、イベントへの参加、講演に陸上競技の解説など、多岐にわたり活躍。